冬の***



階段を上っていく。
私の心はその時が一番はしゃいでいる。
ドアをあけて、視界が開けたとき、あの人の姿が見えたとき
どうして私はこんなにも悲しくなるのだろう。



「みっちゃん」

屋上のフェンス越しで、でかい図体を持て余しているやつがいる。
すえないタバコを銜えながら、いつまでもいつまでも自分を持て余している。

「こら、三井寿!」

「んあー?」

やっと振り向いた。タバコは指に挟んでいる。
火をもみ消すそぶりをして、ポイ、と捨てる。

「タバコのポイ捨て、禁止」

「うっせー」

今日は、うっせーできたのか、なんてのんきに思う。

「かっこつけるのも禁止だよ」

「っ、黙れ

「呼び捨ても禁止」

「どっちがだよ」

呆れたようにみっちゃんは空を見上げた。
冬の空は低くくぐもっていた。ほんと、どっちもなにやってんだ。
こいつは、ただ無為にさぼってる。
私は、

何をやってる?

昔の顔なじみのよしみで、ただ言葉を交わしてるだけだ。
いつも変わらない冬の空みたいに、くぐもったまんま。


「今日は、差し入れ持ってきた。」

「…」

リアクションなし。
そんなことだろうと思って、私だっていろいろ考えている。
かばんから取り出した缶ジュースを放り投げる。
学校の自販機にあったやつ。
つまんない校長の唯一のギャグかもしれない。

「投げんなよ」

「ほーぅ?手渡しがよかった?」

「はっテメ……っーか、んだよ。この、おしるこって…」

「大事に飲めよ。あ、そういえば、伝言。
ある子が伝えたいことがあるらしいから放課後第二音楽室までくること。」

私はおしるこを受け取ったときのこいつの顔だけみると、俯いてしまって、一息でそう言うのがやっとだった。
それだけ言うと、もう、こいつの顔なんてみずに、私はチャイムの音を聞きながら階段を一目散におりていった。





「今日ひさしくん学校きてたよね。ね、 、ちゃんと言ってくれた?」

教室で待ち構えていた香奈が、真っ先にそう聞く。

「んーまあ…来るかは怪しいよ?あんなやつだしさ…」

こないかもしれない。こないかも。7割がた、こない。

「来てくれるよ。」

香奈がそう断言すると、なんだかそんな気がした。
あいつ絶対行くね。7割がた。
それで、香奈にほだされておわりだ。

誰が。   私がだ。









第二音楽室は、いつも閑散としている。
グランドピアノだけがちゃんと置いてあって、あとはもう何でもありだ。

あいつが、やけにかわいらしいことを言うと思ってきてみれば、
ばからしくて笑ってしまう。
たしかに「あいつ」が「あの子」なんて可愛いキャラではないことくらい、
そして、こんなこと言うほど可愛いキャラではないことくらい、オレならわかりそうなもんなのに。

興味ないんだけど。悪ぃけど。

全部  全部 全部全部
吸えないタバコを銜えて屋上でつったってて、くえない女を相手に呆れてるのが今
オレの意義だ。それ以外、思いつきやしねぇ。







いつも、何思ってここにいるんだろ。寒いな…。
フェンスにもたれながら私はぼんやりしていた。

ここにいないってことは、すっぽかして帰ったか…いったか…
いったな。7割がた。


ドアが開いて、あいつが現れた。

「おい」

「…なんで?」

「そりゃ、こっちのせりふだよ。なんで がここにいんだよ」

「は?」




「…オレの場所だっつーの、そこは」

「……うん」

「顔、真っ赤じゃん。こんなとこでうずくまってっから…ほれ」

「…これ」

「わざわざ買ってきてやったんだよ。1階の自販機から」

「……わざわざおしるこ買ってきたんだ…」

、これ好きなんだろ?」

「…」

やっぱり、こいつはぜんぜんわかってない。
だけどドアをあけてやってくるこいつをみるのは、
少し、楽しい、と思った。




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