水槽 (魚の話)

魚は川に棲んでいた。
まだ成魚になりきっていないうちに、釣り人の網に掛かり川を離れることになった。
釣り人には一人まだ小さな息子がいた。名前はルネという。その日は初めて、ルネを川釣りに連れて来たのだった。
ルネは魚を家で飼いたがった。ルネの家にはガラスの水槽があった。それはちょうど、小さいこどもがすっぽりと収まるほどの大きさだった。今よりもまだすこし小さかった頃、ルネは水槽を自分の家に見立てて遊ぶのが好きだった。ルネには狭くなってしまった水槽の家だが、魚にはぴったりだと、ルネは思った。
魚はルネの家で飼われることになった。ルネは魚に自分と同じ名前をつけた。

水槽のなかで魚はすぐに死んでしまった。川から帰った翌日のことだ。
母親はそれを見て、なにか教訓のようなことを述べたあとで、墓をつくってあげなさい、と教えた。ルネは言われた通りに、庭の隅に場所を決めて穴を掘り、白い紙に包んだ魚を埋めた。土を盛った丘を手で固くして、柔らかい砂を掛け、石を並べて囲み、最後に墓標を立てるため木の板に筆ペンで「ルネの墓」と書くと、母親の顔色が変わるのが判った。母親は魚の名前を知らなかった。どうしてだか母親はその墓標を立てるのを許してくれなかった。死んだものの名前を書く理由も、書いてはいけない理由も、ルネには解らなかった。

次の週末、父親は金魚を買ってきた。魚と同じ名前を付け、水槽に棲まわせた。金魚は美しく立派な体つきをしていた。
墓標には「魚の墓」と書かれることになった。
ルネは金魚に無関心だった。そして水槽と魚のことを忘れた。
後の人生のなかでルネは、幾度か水槽と魚のことを思い出した。

(2009年4月10日 改訂)

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