皇帝ティトの慈悲 / La clemenza di Tito

この作品について

台本:ピエトロ・メタスタージォが書いたものをカテリーノ・マッツォーラが改訂
初演:1791年9月6日 プラハ国民劇場

 「魔笛」と同時期に書かれた、モーツァルト最晩年のオペラ。
 ローマのティート皇帝を題材としたオペラ・セリア。いささか堅苦しい時代物の作品ゆえにモーツァルトのオペラとしてはあまり人気がなかったが、最近はその音楽の素晴らしさから再評価の気運が高まっている。
 音楽的には、「ドン・ジョヴァンニ」的な箇所があったり、「コシ・ファン・トゥッテ」的な部分があったりと、やはりモーツァルトらしさは至る所に見られるが、テンポがゆっくりから次第に速いテンポに移行していくアリアが多い。

登場人物

あらすじ

第1幕
ヴィテッリアの苛立ちから話は始まる。その理由は、皇后の座を自分ではなく、異教徒の娘に与えようとしているティトへの怒りである。彼女の父から皇帝の座を奪ったティトの父親が許せない、というのが表向きの理由だが、実はティトのことを愛してしまっているのが本心。彼女は自分に盲目的な愛を示すセストを遣ってティトの暗殺を謀るが、ティトの無二の親友であるセストは、ひたすらためらう。そんなセストの曖昧な態度にますます怒るヴィッテリア。

No.1【二重唱】ヴィテッリア・セスト
何でも私に言いつけて下さい、お望みの通りにします、と宣言するセスト。日の入りまでに復讐を果たせ、と言うヴィテッリア。全く違うメロディを歌う2人の心は、全く一緒になっていない。テンポが速くなると、同じリズムで歌いだし、復讐をすることに関しては2人の心は一致していることが分かるが、その後、ヴィテッリアのメロディをセストが復唱することから、主導権はヴィテッリアにあることが明示されている。モーツァルトってすごい。

そこへアンニオがやって来て、ティトは異教徒の娘を皇后にするのをやめた、との報告を持ってくる。ヴィテッリアは、自分に皇后の座が回ってくるかも、という希望から、セストに復讐をしばし待つように言う。セストは、自分を見てはくれないヴィテッリアへの苦しみに悶える。

No.2【アリア】ヴィテッリア
自分への恋慕に苦しむセストを見て「もし私の気に入られたいなら、疑いは捨ててしまいなさい」と、自分への盲目的な服従をそそのかす。ゆったりしたテンポと半音階の多用で、セストの心を見透かしたように誘惑するが、テンポが速くなったとたん、急激な跳躍進行と遊ぶようなメリスマに彼女の本性が垣間見える。苦悩するセストを残したまま、彼女は去る。

後に残ったアンニオは、セストに自分の恋人であるセルヴィリア(セストの妹)との結婚の承諾を願う。それを快く了承するセスト。

No.3【二重唱】セスト・アンニオ
短いが、3度と6度のハーモニーが美しい2重唱。同じメロディーラインで変わらぬ友情を歌い上げる。その後、彼らは去る。

No.4【行進曲】
変ホ長調で、ティンパニとクラリネット・トランペットでマーチが奏される。

No.5【合唱】
皇帝ティトの公正さと、ローマの栄光を讃える。

ティトは「セストの妹、セルヴィリアを皇后に迎えたい。君の地位を、より皇帝に近いものにするために」とセストに告げる。だが、セルヴィリアは既にアンニオの恋人である。とまどうセスト。同時に、ティトの言葉を聞いたアンニオは苦悩するが、自分は彼女から手を引く決心をし、ティトに「それは正しい判断です」と応える。セルヴィリアにこのことを告げるよう、頼まれるアンニオ。同時にティトは自らの地位を嘆く。

No.6【アリア】ティト
「人々を治める者は、人々に仕えるのみで、後には何も残っていない」と、決して高い地位が喜ばしいものではないことを友人たちに吐露する。最初から最後までテンポは変わることがなく、ティトの落ち着いた心境(または諦めか)を物語っている。彼はセストを伴って去る。

後に1人残ったアンニオ。今まで親しげにセルヴィリアと会話していたのに、じきに彼女は皇后…親しくすることは罪になる。だが心から彼女を愛しているのには変わりない。そこへセルヴィリアが来る。彼女は、いつもと違ってよそよそしいアンニオをいぶかしく思うが、その理由を聞いて驚く。だが彼女は「あなた以外に心を捧げるつもりはない」と言い切る。

No.7【二重唱】セルヴィリア・アンニオ
お互いに心が通じ合っている2人のメロディは、美しく揃っている。この世から愛以外のものが消え去ってしまえばいいのに…と愛を讃える。お互いの深い愛を再確認した2人は、ティトに正直に告げようと去って行く。

プブリオが、ティトをなじっている輩がいる、と報告するが、ティトはまるで気にしない。様々な理由から悪態をつく人たちをも、彼は許すというのだ。そこへセルヴィリアが来る。「私の心は既にアンニオのものなのです。それでも私を皇后にと望むなら、どうぞこの手をお取り下さい」と、彼女は全てを包み隠さずティトに話す。彼女の誠実さと、恋人を思う愛に感動するティト。

No.8【アリア】ティト
もし王座の周りに集まる人たちが、みな彼女のような誠実な心を持っていたなら、皇帝は苦しまなくてすむだろうに、と彼女の誠実さを褒める。皇帝らしい威厳があるが、決してふんぞりかえったものではない、そんなティトの性格がうかがえるかのような音楽がつけられている。そしてティトは彼女の手を取ることなく(=皇后の座を強要することなく)去って行く。

後に残ったセルヴィリアの所にヴィテッリアがやって来る。セルヴィリアが皇后に選ばれたと聞いて、彼女をいびろうかと思ってやって来たのだ。だが、今しがた皇后の座を放棄してきたセルヴィリアは「あなたが皇后になるでしょう」と言い、立ち去る。それをイヤミととらえてしまうヴィテッリア。彼女を追ってやって来たセストにあたり散らし、ティトの命を奪わなければ、私は彼を好きになってしまうでしょう、と言い出す。今度はティトを、セストの恋敵に仕立て上げようというのだ。その策略にまんまとひっかかってしまうセスト。彼女に嫌われたくない一心で彼女を引きとめようとするが、ヴィテッリアは冷酷にも、「なにやってるのよ、とっとと行きなさいよ」と急かす。

No.9【アリア】セスト
愛するヴィテッリアに急かされ、ティトの暗殺に行く決心がついたセスト。あなたのお望みのとおりにします、と宣言する。そして彼はヴィテッリアの眼差しを求めるが、彼女はまるで振り向いてくれない。自分を見てもくれない。自分はこんなにも決心を固めているのに…。そこへヴィテッリアは彼へと眼差しを向ける。それを見たとたん、音楽は非常に速くなり、セストのドキドキ具合を表す。あまりにドキドキしてしまうため、メリスマが4小節も続くうえに高いB(シ・フラット)を4回も出すはめになるが、恋をすると人間、どんなことでも出来てしまうのである(何を書いてるんだ、私は)。ヴィテッリアの眼差しに心をときめかせ、すっかり乗り気になったまま、意気揚々と出かけて行くセスト。

去って行くセストをほくそ笑みながら見送るヴィテッリア。あなたの親友は私に夢中よ、ティト。なのにあなたは私を見もせず…と1人悶々と考え込んでいると、プブリオとアンニオが現われ、「ティトがあなたを皇后に選びました」と告げる。突然の報告に驚くヴィテッリア。だがセストは…既にティトの暗殺に向かってしまった!

No.10【三重唱】ヴィテッリア・アンニオ・プブリオ
取り乱すヴィテッリア。アンニオとプブリオは、喜びのあまり驚きを隠せないのだろう、と思い込んでいる。切れ切れに発せられる言葉に、ヴィテッリアの混乱ぶりがうかがえる。アンニオとプブリオが比較的落ち着いたメロディを歌っている上で、カッとんだ音を歌うヴィッテリア。彼女のパートのみ、「con forza(力強く)」や「sotto voce(ひそかな声で)」という指示も書いてある。要するに、めっちゃ取り乱してる。しかも最後にはハイD(高いレ)まで出す。混乱しすぎです。そのまま、3人は去っていく。

No.11【伴奏つきレチタティーヴォ】セスト
セストが現われる。ティトの胸に剣を刺し、城砦に火を放ってきたのだ。反逆を起こすことがこんなに難しいことだったとは…と良心の呵責に嘆くセスト。セスト役の演技と歌唱力の問われる場面であると同時に、1人で舞台を独占できるオイシイ場面(だから何を書いてるんだよ)。

No.12【5重唱と合唱】ヴィテッリア・セルヴィリア・セスト・アンニオ・プブリオ
謀叛を起こしたことをひどく後悔しているセストの元へアンニオ・セルヴィリア・プブリオがやって来る。それぞれに「何事が起こったのか」と混乱を隠せない。人々の叫び声(合唱)が響く中、ヴィテッリアも到着する。セストが裏切った人物(=自分)を白状しようとすると、ヴィテッリアに制止される。5重唱と合唱が、ティトへのレクイエムのように厳かに1幕を締めくくる。

第2幕
死んだと思っていたティトが、実は生きていたことがアンニオからセストに伝えられる。セストは彼の存命を喜び、苦悩の末に裏切り者は自分である、とアンニオに告白する。にわかには信じられないアンニオ。

No.13【アリア】アンニオ
ティトの元へ行き、誠意をもって赦しを請えば、彼は必ず慈悲をかけてくれるだろう、とセストに説くアンニオ。その後、彼は去って行く。

アンニオに促され、ティトの元へ行くか行くまいかと迷っているセストの元へ、ヴィテッリアが現われる。自分の罪を隠すため、また彼の命のために。だがセストは、逃げようとはせず、黙って死んでいきましょうと言う。

そこへプブリオが現われ、セストに剣をよこすように言う。セストがティトと思って刺したのは、まさに皇帝の服を着てその座を奪おうとしていたいたレントゥーロであり、刺されたが一命を取り留めて、彼が犯人はセストだと白状したのだ。自分の罪の重さを改めて思い知るヴィテッリア。セストはなおも、ヴィテッリアの愛情を求める。

No.14【三重唱】ヴィテッリア・セスト・プブリオ
もしもそよ風が吹いたなら、それを私のため息だと思って下さい、とヴィテッリアに願うセスト。ヴィテッリアは、セストが捕まったなら自分の罪もばれるだろうと、まだ自分の身の安全のみを心配する。セストを急かすプブリオ。あなたを熱愛している人間がいることを覚えていてください、と願うセストに、罪の意識を重く感じるヴィテッリア。それを見たプブリオも、2人の苦しみに心を痛める(ヴィテッリアが黒幕とは知らないが)。次第にヴィテッリアの旋律にセストのリズムが現われたり、セストの旋律にヴィテッリアのリズムが現われたりする。最後には2人のメロディは美しく3度でハモり、まったく同じ音で終わる。引き離される時になってやっと心が1つになるというのは、なんとも悲しく切ないものである。

No.15【合唱】
ティトを褒め称える合唱が始まるが、ティトは自分はそんな賞賛に値するものではないと悲しむ。

そこへプブリオがティトを急かしに来る。罪人をコロッセオ(円形競技場)で猛獣と戦わせ、処刑されるのを民衆が心待ちにしている、というのだ。もしセストが自分が裏切った、と自白すれば、その中には彼も入るだろう。ティトは未だ親友のセストが進んで自分を裏切ったとは信じられない。

No.16【アリア】プブリオ
人の心は、必ずしも常に誠実であるとは限らない、とティトに提言する。その後、彼はセストの証言を聞くために去る。

プブリオに提言されたものの、やはりティトは親友セストはそんな人間ではないと言い切る。そこへ入ってきたアンニオは、セストへの慈悲をティトに願うが、戻ってきたプブリオは「セストは自分がこの陰謀の首謀者だと自白した」との報告をする。あとは死刑を執行するための書類にティトが署名をすれば、彼の命は奪われる…。セストが自白したことにイラつくティトは、みんなを去らせようとするが、アンニオはセストの命を救おうと、食い下がる。

No.17【アリア】アンニオ
「あなた(=ティト)は裏切られ、彼(=セスト)の罪は死に値するものだが、あなたの心は希望を失ってしまったのですか」と慈悲を願う。このアリアのリズムには、セストが暗殺へ向かう決断をするアリア(No.9)に似たものがあり、アンニオの訴えの強さを表しているかのようである。こうして、アンニオとプブリオは去る。

それでもまだティトの心は治まらない。見せ掛けの友情だったのかと怒り、書類に死刑執行のサインをしようとするが、セストが一言も自分に弁明していないことを思い出し、それなのに自分は一方的に彼の命を奪うのか、と思いとどまる。そしてセストを呼ぶよう兵士に言いつける。入ってきたセストを見て改めて怒りを覚えるティト。

No.18【三重唱】セスト・ティト・プブリオ
いつもと違う、怒りに満ちたティトの顔に恐れるセスト。同じように、変わり果ててしまったセストの顔を見て驚くティト。様々な思いにティトの心は乱れているのだろう、と心配するプブリオ。3人の様々な思いが、バラバラな旋律やリズムに表されている。息も絶え絶えに歌うセストだが、裏切りの理由は頑として言おうとしない。ティトとプブリオは同じリズムで同じ言葉を歌うが、セストは全く違うメロディで歌い続ける。2幕のクライマックスの1つ。

裏切りの真意を知るためにティトは、プブリオと兵士たちを去らせる。2人きりになると、ティトは優しくセストに問いかけるが、セストはただただ自分の裏切りを嘆き、死なせて下さいと哀願するのみである。ついに苛立ちを隠せなくなり、もはや彼を見ようともせずに立ち去らせようとする。

No.19【ロンド】セスト
ただこの瞬間だけは、昔の友情を思い出してくださいと願うセスト。決してティトへの友情が無くなったわけではないことを言葉の限りに歌い、彼は去って行く。

ついにセストの謀叛を確信したティト。ついに書類に署名しようとしたその時、彼はやはり思いとどまる。今まで多くの慈悲をかけてきた。それを、自分を裏切ったセストには慈悲をかけないで殺してしまうのか。これを聞いて、人々は「ティトは慈悲を忘れたのだ」と言うのではないか。ティトは書類を破り捨てる。

書類を受け取ろうとやって来たプブリオに、決心した、と伝えるティト。死刑執行だと思い、セストの不運を嘆くプブリオ。

No.20【アリア】ティト
もしも皇帝に、血も涙もない心が必要ならば、神よ、私から皇帝の座を奪い取りたまえ、と歌いティト。急−緩−急のテンポで、メリスマあり、固い決意を表すような跳躍進行あり、最後には高いB(シ・フラット)も登場する。ティトの一番大きなアリア。歌い終わってから、彼は去る。

セストの安否を気遣ってやって来たヴィテッリア。プブリオを呼び止め、セストがこれからどうなるか、他に謀叛の共犯者がいると言ったかどうかを尋ねる。プブリオは、セストは彼は1人で陰謀を起こしたと言い、まもなくアリーナで死刑にされるであろう、と告げて去って行く。

セストは自分のことを言わなかった。1人でヴィテッリアの罪をかぶって死んでいこうとしている。そうこうしているうちにセルヴィリアとアンニオが現われ、どうか皇后になるヴィテッリアから、ティトにセストの死刑を今一度思いとどまるようお願いしてほしい、と言う。アンニオはセストの様子を伺おうと、一足先に退場する。セストの妹セルヴィリアは、兄がいつもヴィテッリアの名前を呼び、報われない愛にため息をついていたことを知っている。それを聞いて涙するヴィテッリア。一人にしてくれとヴィテッリアは言うが、セルヴィリアは譲らない。

No.21【アリア】セルヴィリア
ただ泣いているだけでは何にもならないと言うセルヴィリア。しかも皇后になる(恐らく年も地位も上の)女性に向かって。強いですね。でもアリアのテンポはメヌエットのテンポで、ゆったりと言い聞かせる。アンニオも逆らえませんね(何。ヴィテッリア1人を残し、彼女は去って行く。

No.22【伴奏付きレチタティーヴォ】ヴィテッリア
ついに自分の罪を告白しようと決意するヴィテッリア。切望していた皇后の座もこれで得られなくなる。だが自分だけ処罰を逃れて地位を求めたところで、何になろう。心に平安もなく、自分に命を尽くしたセストを見殺しにするばかりではないか。

No.23【ロンド】ヴィテッリア
おそらく、このオペラの中で最も有名なアリア(ロンド)。恐ろしく広い音域と、半音階進行などなど、色んな意味でありえない曲。彼女の気性の激しさを物語るにふさわしい曲であることは間違いないようだ。この曲ゆえ、ヴィテッリアはドラマティック・ソプラノが歌うことになっている。歌い終わって、彼女は去る。

No.24【合唱】
皇帝ティトの幸福を願う合唱。

ティトが、「セストの運命は決まった」と言う。彼の死を確信し、絶望するアンニオとセルヴィリア。そこへ入ってきたヴィッテリアは、ティトの前にひざまづき、全ての陰謀の首謀者は私だと白状する。

No.25【伴奏付きレチタティーヴォ】ティト
裏切り者を赦そうとしたら、またもや裏切り者が現われたか、と驚くティト。本当に誠実な人間には、いつ出会えるのだろうか、とも嘆くが、私は全ての悪を忘れよう、と宣言する。

No.26【六重唱と合唱】ヴィテッリア・セルヴィリア・アンニオ・セスト・ティト・プブリオ
全員がティトの慈悲深さを称えて終わる。意外とあっさりと。だが、自分を一番裏切ろうとしたヴィテッリアを皇后に迎えて、ティトはこの先幸せだったのだろうか?むしろ、ヴィテッリアの憎しみは、ティトへの愛情の裏返しだったのだろう。一番報われないのは、やはりセストだ。

※曲番号はベーレンライター版ヴォーカルスコアより