ルル / Lulu

この作品について

原作:
台本:
初演:

 自由奔放に振舞う人間が堕ちていく様を描いている作品。
「ルル」という人物自体、いわゆる「常識」「良識」に悪い意味で縛られない人間であり、他の人を引きつける魅力を持ってはいるが、その魅力は、相手を死に追いやるほどの恐ろしいものである。彼女自身は、自分を最悪の状況から救ってくれた人と一緒にいたい、それだけの目的しか持っておらず、そのためには他人のことなど省みない。しかし彼女に悪気はなく、善悪の判断が出来ない、または善悪の基準がないまま育ったという感じを受ける。「無邪気」と「残酷」は隣合わせ、と言ったところか。「無知は罪」を体現しているのが「ルル」なのかもしれない。
 このオペラを一言で言うなら、劇中のシェーン博士の「狂気が理性を凌駕していく」という台詞がぴったりだろう。それはベルクの音楽の端々にも表われている。
 それにしてもこのオペラ、とにかく長い。長い上に、メロディと言えるメロディは出てこないので、純粋に(?)音楽を楽しみたい、という人には向かない作品かもしれない。しかし時として、人の心の隅に隠れている闇を映すかのようなダークな作品を観るのも、楽しいかもしれない。

登場人物

あらすじ

プロローグ
見世物小屋で前口上を述べるかのような人物が現われ、「これから様々な動物をお見せしましょう」と歌う。その中でも特に「この雌ヘビは相手は誘惑し、毒を盛って殺してしまうが、誰も気づかない」とルルのことを暗示する。「私の頭を猛獣の口の中に入れましょう」と言って前口上の人物は去る。

第一幕
第1場…ゴール医師宅

 新聞社の編集長であるシェーン博士と息子のアルヴァが、ゴール医師を尋ねてやって来る。そこでは、画家がルルをモデルに絵を描いている。アルヴァは、ルルに「ぜひ私の舞台に主演として出演してほしい」と頼むが、ルルは「私の踊りでは主役は務まらないわ」と言って断る。ゴール医師に会いに来たシェーン博士親子は、医師が不在のため、帰っていく。ルルは画家に、自分を描いてくれるよう頼む。しかし、ルルの魅力にとりつかれている画家は苦悩した挙げ句、彼女に告白するが、あっさりと断られる。2人が言い争っているところへ、ルルの夫であるゴール医師が帰って来て、鍵がかかっていることに怒る。ルルは「彼に殺される」と取り乱し、画家に抱きつく。それを見た医師はショックのあまり、心臓発作で倒れてしまう。画家は医者を呼びに行く。しかしルルは、「お芝居でしょう?そうやっていつも私を監視してるのよ」とおちょくる。しばらくして画家が戻って来るが、ゴール医師が既に事切れているのを知る。夫が死んでも取り乱さないルルを見て、画家は「君は何を信じているのか?」「君には魂があるのか?」「君は人を愛したことがあるのか?」と問いただすが、ルルは「分からない」の一点張り。(おそらく嘘などではなく、彼女はそういうことを考えたことも、考えようと思ったこともないのだと思われる。)何もなかったかのように自室に去っていくルル。画家はゴール医師の亡骸を見ながら不安に怯えていると、キレイな格好に着替えたルルが戻って来る。「手が震えてしまうわ、私と腕を組みましょう」と言って、呆然としている画家を連れて去る。

第2場…画家宅
 ルルは画家と結婚生活を送っている。ゴール医師の遺産と、画家の絵が高額で売れるようになったことで、かなり裕福な生活だが、ルルは退屈している。画家はルルを「エーファ」(エヴァ:全てのものの母、の意)と呼ぶ。そこへ送られてきた手紙は、シェーン博士が若い女性と婚約をした、というもの。画家は「博士のような権力者が、今までどうして再婚しなかったのだろう」と訝しむが、ルルは不機嫌になる。画家は仕事に出かける。そこへ、ルルの父親という人物が現われる。2人は他愛もない話をした後、彼はルルに金をもらって去って行く。そこへすれ違いにシェーン博士が現われる。ルルは博士にじゃれつくが、シェーン博士はひたすら冷たい態度を取る。そしてルルに「もう自分のところに来ないでくれ」と断言。彼らは画家に隠れて不倫をしていたのだ。どうやらそれは、画家と結婚する前から続いているらしい。博士の言い分は、画家に仕事を与えているのは自分であり、この裕福な生活が不満だというのなら、私はもうこのゲームから手を引かせてもらう、ということ。
 2人が激しく言い争っているところへ画家が戻ってくる。ルルは激昂して「全てを彼に話してあげなさいよ!」と言い捨てて走り去る。残された画家に、シェーン博士はルルが浮気をしていることを暗に忠告する。それを聞いた画家は、妻のルルが浮気をしていることに気づき、その相手は誰かと尋ねるが、博士は「それを知ったなら、私と撃ち合いになるだろう」と答える。そしてさらに、自分が知っている妻の過去と、シェーン博士に聞かされる彼女の素性があまりにも違うことに衝撃を受ける。シェーン博士は、自分の結婚が邪魔されないよう、画家がルルをつなぎとめておくことを強く勧めるが、その言葉1つ1つに、画家の精神は追い詰められる。画家は「彼女と話をしてくる」と言って部屋から出るが、博士は彼が、彼女が言った部屋とは違う部屋に行ったことに気づく。しばらくしてすさまじい叫び声が聞こえてくる。何事かとドアを開けようとするが、鍵がかかっている。そこへ騒ぎを聞きつけたルルがやって来るが、「放っておけばいいわ」とあっさり言う。呼び鈴が鳴るが、博士は念のため、画家は留守だと言うようにルルに告げる。客は博士の息子アルヴァで、「パリで革命が起きた」と言って飛び込んでくる。しかし、今はそれどころではなく、みんなでドアをこじ開けることに。アルヴァが斧を使い、ドアを開けるが、そこには画家が悲惨な姿で自殺していた。ルルは「こんなところにはいられない」と言って部屋を飛び出す。アルヴァは父親を「これはあなたが、ルルを無視して別の女性と婚約したことの天罰です」と責める。すると、またしてもキレイな格好に着替えたルルが家を出て行こうとする。「警察にはどう説明するのだ」と言い寄るシェーン博士に、「あなたが考えて」とケロリと言ってのける。博士は警察を呼ぶ。ルルは全く悲しむ様子もなく、さらには「手に血がついているわ、証拠を消すためにハンカチで拭いておきましょう」と言って、博士の手についている血をぬぐう。自分の夫の血を、顔色ひとつ変えずにぬぐうルルに恐れを覚えるシェーン博士。ルルは「あなたは私と結婚するのよ」と博士に断言。

第3場…劇場
 シェーン博士が支援した息子アルヴァが作曲した舞台で、ルルが主演として踊っている。これが注目を浴びる。舞台は劇場の舞台裏。せわしなく準備する出演者たち。ルルは「伯爵に『一緒にアフリカに来てほしい』とプロポーズされたわ」とアルヴァに言う。少し取り乱すアルヴァ。彼もまた、ルルの魅力にとりつかれている者のひとりである。だがこの舞台は、ルルの結婚相手探しのための舞台でもあった。彼女は「博士は私の成功を信じるべきよ」と言い残し、舞台へ戻って行く。アルヴァが一人残っているところへ、ルルにプロポーズした伯爵がやって来る。伯爵は、ルルにはみなを引きつける魅力があること、妻として夫に幸せをもたらすだろうと言う。(まぁこの伯爵も微妙に人を見る目がない感じですが)するとにわかに舞台で騒ぎがあり、舞台上で気絶したというルルが連れて来られる。そこへ婚約者と腕を組んだシェーン博士がやって来る。実のところ、ルルは舞台からシェーン博士とその婚約者を見つけたため、激怒して舞台を降りたのだった。シェーン博士は、自分と自分の婚約者の前で踊るようルルに強く言う。アルヴァは今のまま舞台を続けるよう、他の共演者たちを舞台に戻す。博士に諭され、婚約者の前でも踊れる、と約束するルル。だが博士は「伯爵は私をアフリカに連れて行くわ」とルルに言われ、動揺する。それでもルルとは結婚しないと言い張る博士に、ルルは「あの女と結婚しなさい、そうしたら今度は彼女が私の前で踊ることになるわ」と脅す。博士はついに出て行こうとするが、事の一部始終を息子と婚約者が見ていたことに気づく。ルルは博士に、婚約者に婚約解消の手紙を書くよう指示。ルルはついにシェーン博士と結婚することになる。

第二幕
第1場…シェーン博士宅

 シェーン博士の家で開かれている舞踏会。ドレスを着たルルが、ゲシュヴィッツ伯爵夫人を伴ってやって来る。彼女は、ルルの恋人、つまり同性愛の相手である。(あぁめんどくさい)しばし歓談をしたのち、ゲシュヴィッツ伯爵夫人は舞踏会の準備のため去って行く。シェーン博士は、誰一人として信用出来ず、ルルの性格を知っているがゆえに、誰を見てもルルの浮気相手なのではないだろうかと異様なほど警戒している。少し錯乱していた博士も、再びやって来たルルと話すことで少し落ち着きを取り戻す。だが「あなたの私への愛は変わっていないわ」とルルに図星を突かれ、動揺しながらも仕事場へと去って行く。(こう言い切れちゃうとこがすごいですな。)
 男たちが「誰もがルルと結婚したがっている」と騒いでいるところへ、アルヴァが戻って来る。男たちは慌てて隠れる。ルルはアルヴァに「私はあなたを尊敬してるわ」と言う。ルルに少なからず思いを寄せているアルヴァは、まんざらでもない。そんな2人のやりとりを、密かに戻って来たシェーン博士が銃を構えながら監視している。アルヴァは理性でルルへの思いを抑えていたが、ついには抑えきれなくなり、彼女に「私を愛してほしい、私もあなたを愛している」とすがりついて言う。(この場面だけ、トランペットがすごい勢いで不協和音を大音量で鳴らす。アルヴァの心が一番乱れ、理性を失ったことの表れであろう。)そんなアルヴァに、ルルは囁く。「…母親を毒殺した女でも?」
 そこへシェーン博士が歩み寄り、「パリで革命が起きた」とアルヴァを編集部へ戻るよう引き立てて行く。他の男の存在にも気づいた博士は、「私と息子が殺しあう前に、お前自ら死んでくれ」と言って拳銃をルルに渡す。彼女が取り乱したふりをして空を撃つと、それを合図かのように、隠れていた男たちが飛び出して逃げて行く。錯乱状態の博士は、銃声を聞きつけてやって来た人みんながルルの浮気相手に見えて仕方が無い。ついには自分の手でルルを殺そうとするが、ルルは拳銃を奪い、シェーン博士を撃ち殺す。シェーン博士は「アルヴァを殺しそこねた!」と叫び、同時にアルヴァには「あの女の次の獲物はお前だ」と言い残す。ルルに歩み寄るゲシュヴィッツ伯爵夫人に「悪魔め…」と口走って事切れる。ルルは一瞬、博士の亡骸にすがりついて彼の死を悲しんだかのように見えたが、すぐに逃げ出そうとしたため、召使たちと駆け付けた警察に捕らえられる。ルルはアルヴァにすがりつき、「私の残りの人生をあなたに捧げるから助けて」と泣きつくが、警察に連行される。

第2場…病院前
 刑務所に捕らえられているルルを脱出させるため、アルヴァとゲシュヴィッツ伯爵夫人は画策する。夫人は自ら野戦病院の看護婦となり、チフス患者の下着を密かに身につけ、そのままルルの面会に行って、ルルにもチフスをうつす。そして同じようにチフスを発症し、同じ病院に入院し、2人がなるべく似るように仕組む。そしてゲシュヴィッツ伯爵夫人(長いっ)が退院した後、「忘れ物をした」と言ってもう一度病院に戻り、ルルと衣装を代えて、ゲシュヴィッツ伯爵夫人(だから長いって)が病院に残り、ルルが逃亡することに成功する。(これじゃどうやっても、身代わりの人が出られないじゃん、とかいうツッコミはしない方向で。)
 病院から抜け出したゲシュヴィッツ伯爵夫人とルル、そしてアルヴァとルルの父親の4人は、そろって国外に逃亡する。しかしそこで、ルルは売春斡旋人に「シェーン博士殺害犯として警察に通報されるか、今すぐ貸した金を返すか」と迫られ、ゲシュヴィッツ伯爵夫人を慕う男に「彼女があなたに会いたがっているわ」とそそのかし、ゲシュヴィッツ伯爵夫人には「私のためにあの男の相手をしてやって」と芝居がかって泣きこむ。ルルのことが好きでしょうがないゲシュヴィッツ伯爵夫人は、ルルの申し入れをとまどいながらも受け入れる。ルルは給仕と服を交換し、逃げ出したところへ、入れ違いに警察が入ってくる。警察はルルの服を着ている給仕を逮捕するが、売春斡旋人がぽつりと一言、「とんだ茶番だ」と言って舞台を横切っていく。

第三幕
第1場…場末の粗末な家

 ルルたち4人は結局生活費にも事欠くようになり、ルルが売春をしてその日の食い扶持を稼いでいる状態。アルヴァはルルからうつされた病気(おそらく性病?)で、身体の様々なところが痛むようになってきている。ゲシュヴィッツ伯爵夫人は、持ち物を売ったり質に入れたりしているが、わずかばかりのお金しか手に入らない。「この絵は私にはどうしても売れなかった」と言って広げたのは、かつてのルルの肖像画。今はやつれ果て、見る影もない。そこへルルの客(画家役の歌手が演じる)がやってくる。その客がルルを拒んで掴みかかろうとしたため、見かねたアルヴァが飛び掛るが、思うように動かない身体で勝てるはずもなく、逆にボコボコにされる。ルルは「もう耐えられない」と言って家を飛び出して行く。ルルの父親がアルヴァを抱き起こそうとするが、彼がすでに事切れているのを見て、「アルヴァは永遠の安らぎについてしまった」と呆然と言う。そして「客を探してこよう」と町に出て行く。
 ゲシュヴィッツ伯爵夫人は、もはや自分がルルに愛されていないことを嘆き、「彼女の心と冬の川の水、どっちが冷たいかしら」と、自殺願望をほのめかすが、ルルは自分が死んでも嘆かないだろうとますます絶望する。そして「もう一度国に帰って大学に入り、法律の勉強をしよう」と決意しているところへ、再びルルが客(シェーン博士役の歌手が演じる)を連れて帰ってくる。床につっぷしているゲシュヴィッツ伯爵夫人を見て、ルルは「彼女は私の姉なんだけど、気がふれてしまったの。」と嘘をつくが、客に「姉ではないだろう。彼女はお前に恋している。」と見抜かれてしまう。客にお釣りをせびられ、持ち金すべてを取られてしまうが、ルルは「一晩中一緒にいてちょうだい、私はあなたを愛している」と、かつて言ったことのない愛の言葉を口にする。2人は別室に行くが、すぐにルルの絶叫が響く。下着姿のルルは、客にナイフで刺され、絶命する。彼女に近寄ろうとしたゲシュヴィッツ伯爵夫人も刺される。この客は、世間を震撼させている「切り裂きジャック」だったのである。彼は冷静に水道で手を洗い、タオルが見つからないと言って、ルルの下着を破ってそれで手を拭う。切り裂きジャックが去った後、最後の力を振り絞ってゲシュヴィッツ伯爵夫人はルルに近寄り、自らの体の上にルルの身体を重ねて絶命する。