この作品について
原作:ルドヴィーコ・アリオストの『オルランド・フリオーゾ』に基づく歌劇『アルチーナの島』
(A・フランザーリア台本、R・ブロスキ作曲)
台本:アントーニオ・マルキ
初演:1735年 コヴェントガーデン歌劇場(イギリス・ロンドン)
バロックオペラによく見受けられる、「女性が男装し、それに別の女性が恋してしまう」という一種の倒錯が、このオペラにもある。「アルチーナ」は特に複雑で、まず男役が2人、女役なのに劇中で男装する役が1人。そのうち、まずは男役と女役(ルッジェーロとアルチーナ)でカップル、次には男役と女役で男装した役(ルッジェーロとブラダマンテ)が恋人同士なのだから、何がなんだかわけが分からなくなってくる。
というのも、この時代はカストラート(去勢した男性歌手)の全盛期だったため、女性の音域で男の役、というのが珍しくなかった。カストラートが禁止され、もはや過去の伝説となっている現代では、主にメゾ・ソプラノが男役を支えている。だが日本では、絶対的な上演数が少ないのも事実である。
数あるアリアの中で、最も有名なアリアはおそらくアルチーナの「私の恋人よ」というアリア。「イタリア歌曲集」に「ああ、私の心である人よ」という題で載ってます。たぶん。(うろ覚え)
登場人物
- アルチーナ/ソプラノ
魔女。気に食わない者は容赦なく動物や植物などに変えてしまうという、冷酷な魔女。だが、ルッジェーロのことは心底愛してしまっている。 - ルッジェーロ/メゾソプラノ
騎士。アルチーナが治める島に流れ着いて以来、アルチーナの魔法によって堕落し、彼女の恋人になっている。 - ブラダマンテ/アルト
ルッジェーロの婚約者。ルッジェーロを助けるため、男装してアルチーナの島に乗り込む。 - メリッソ/バリトン
家庭教師。ブラダマンテと共に、アルチーナの島に乗り込む。ルッジェーロの昔の恩師、アトランテに姿を変えることが出来たり、ルッジェーロをアルチーナの魔法から抜け出させることの出来る力のある指輪を持っていたりと、脇役ながらただならぬ雰囲気がただよう役。 - モルガナ/ソプラノ
アルチーナの妹。オロンテの恋人だが、男装したブラダマンテに惚れてしまう。 - オロンテ/テノール
アルチーナの手下であり、モルガナの恋人。いかにも脇役的存在だが、アリアは難しい。 - オベルト/ソプラノ
アルチーナの魔法によって、父が獣の姿に変えられてしまうが、それを知らずにアルチーナの元にいる。
あらすじ
第一幕
行方不明になってしまった騎士ルッジェーロを探しに船で出かけた恩師メリッソと、男装し、「リッチャルド(自分の弟の名前)」と名乗る婚約者ブラダマンテが、嵐のためにとある島に辿り着くところからストーリーが始まる。道に迷っていると、そこにモルガナが通りかかる。彼女に聞くと、ここはアルチーナ(実は魔女)が治めている島だと言う。モルガナに導かれてアルチーナの宮殿へと赴くが、モルガナはリッチャルド(実はブラダマンテ)に一目ぼれしてしまう(話していても黙っていても:O s'apre al riso,o parla,o tace)。
アルチーナの宮殿。そこには、ブラダマンテの婚約者ルッジェーロの姿があるが、彼はブラダマンテに目もくれず、アルチーナに夢中。「嵐が納まるまでここにいさせて欲しい」と願うメリッソとリッチャルドを、アルチーナは歓迎し、ルッジェーロに2人を案内をするよう言いつけて(言っておあげ、恋人よ:Di,cor mio)部屋から出て行く。残されたルッジェーロに、恋人のブラダマンテの所に戻るよう、本人が(!)説得するが、「お前はリッチャルドに似ている」とか「僕はアルチーナの恋人だ」と言って、まるで取り合わない。
そこへやって来たオベルトが「いくら探しても僕の父が見つからない」と嘆く。ブラダマンテは、彼の父はアルチーナの魔法によって獣に変えられてしまったのだと気づく。
さらにアルチーナの手下オロンテが駆け込んで来て、ブラダマンテに剣を向ける。何がなんだか分からないブラダマンテを、駆けつけたモルガナがかばう。そこで、モルガナが男装した自分に恋したため、オロンテが嫉妬しているのだと気づき、それは嫉妬、愛の力です:È gelosia, forza è d'amoreとオロンテとモルガナを諭して去る。しかしモルガナはオロンテをはねつけ、そそくさと去っていってしまう。
一方、アルチーナを探しているルッジェーロがやって来るが、オロンテは彼に「アルチーナは既にリッチャルドを愛している」とかまをかける(お人よしめ!女を信じるなんて!:Semplicetto!A donna credi!)。とりあえずルッジェーロをからかって気のすんだオロンテは去るが、ルッジェーロの心にはリッチャルドへの疑いが芽生える。そこへアルチーナとリッチャルドが連れ立ってやって来るものだから、彼は嫉妬を隠せない。怒るルッジェーロにそう、私は変わらぬのに:Sì, son quellaなぜ怒るのか、と言ってアルチーナは去る。
彼が嫉妬に狂うのを見て、ブラダマンテは居ても立ってもいられなくなり、ついには「私があなたの恋人、ブラダマンテです」と言ってしまう。しかしルッジェーロは信じないでリッチャルドをライバルと思い込み、かわいい口、黒い目:La bocca vaga,quell'occhio neroに惹かれたんだろう、と言ってリッチャルドをなじり、彼女のことは諦めろ、と言って去る。
メリッソが「お前の一言が、私たちの立場を窮地に追いやるのだ」と戒めているところへ、モルガナが慌てて駆け込んでくる。怒ったアルチーナが、リッチャルドを獣に変えてしまう、と言っているのだと言う。モルガナは、「もし私を愛してくれるなら、あなたを助ける」とリッチャルドに迫る(そんなことやってる場合か!?←つっこみ)。ブラダマンテは仕方なく、彼女の要求を受け入れる。喜ぶモルガナ。(私の元へ来て、そして見つめて:Tornami a vegheggiar)モルガナは、リッチャルドを連れて逃げる。
第二幕
アルチーナを求めて1人、呆然としているルッジェーロ。そこへルッジェーロの昔の恩師、アトランテの姿をしたメリッソが現れ、彼を戒めた後、彼に力の宿った指輪をはめる。するとたちまちアルチーナの魔法は消え、世界は元の状態に戻る。同時にメリッソも元の姿に戻る。ルッジェーロはブラダマンテのことも思い出し、後悔する。追い討ちをかけるように、「傷ついた愛に苦悶する者のことを考えよ:Pensa a chi geme d'amor piagata」とルッジェーロを責めるメリッソ。去って行くメリッソとすれ違いに、ブラダマンテが絶望しながらやって来る。彼女をリッチャルドだと思っているルッジェーロは、「今ここに、君の姉ブラダマンテがいてくれたなら…」とつぶやく。自分のことを思い出してくれた、と感激するのも束の間、ブラダマンテが「私がブラダマンテよ」と言うや否や、ルッジェーロはアルチーナの魔法だと思い込み、「僕の愛する人に化けるんじゃない!」と逆上。ブラダマンテはあまりの仕打ちに呆れ、不実な心に復讐してやりたい:Vorrei vendicarmi del perfido corと怒りながら去って行く。またもや、1人残されるルッジェーロ。もうわけが分からない。混乱しつつ、甘い感情に儚い幻想を抱き:Mi lusinga il dolce affettoと感情を吐露する。そして、彼女を裏切ったのは自分で、あれはブラダマンテ本人だったのだと分かる。
一方、リッチャルドとの間をルッジェーロに疑われたアルチーナは、その疑いを解こうと、リッチャルドを獣に変えようと呪文を唱える。だが、モルガナがそれを止める。ルッジェーロもやって来て、「体がなまったので、狩りに出かけたい」とアルチーナに願う。アルチーナは心配するが、ルッジェーロは私の美しい宝よ:Mio bel tesoroと言って彼女を安心させる。リッチャルドと連れ立って去って行くルッジェーロ。
そこへ、オベルトが「父が見当たらない」と言ってやって来る。こいつも獣にしてしまおうか、と思った矢先、オロンテが「ルッジェーロがリッチャルドと逃げようとしている」と告げる。恋人の裏切りを知り、「ああ、恋人よ:Ah,mio cor」と心底嘆く。そしてルッジェーロを獣に変えようと魔法を使うが、本当に恋をしてしまったため、アルチーナの魔力は無くなってしまっていた。同じくオロンテは、モルガナに「お前の新しい恋人は、あっさりとお前を捨てて行ったな」と憎まれ口を叩き、またもやつまみ出される。
一方、ブラダマンテは愛は誠実な魂を和らげる:All'alma fedel amore placatoと歌う。そこへルッジェーロがやって来て、ブラダマンテの愛と勇気を褒める。そして、2度も裏切ったことの許しを請い、今度は変わらぬ愛を誓う。それを一部始終見ていたモルガナは、リッチャルドがブラダマンテの男装であることを知り、リッチャルドの詐欺とルッジェーロの裏切りを呪い、アルチーナがお前たちを獣に変え、この世界はおぞましいものになるだろう、と叫ぶ。ルッジェーロは緑の牧場(まきば)よ:Verdi pratiを歌い、かつての美しい世界を思い出すと同時に、失われる美しさを嘆く。
第三幕
アルチーナ側の軍勢を全て倒したルッジェーロ。オベルトは再度アルチーナに、父に合わせてくれるよう頼む。そこでアルチーナは、檻から1頭の獣を出す。それこそ、オベルトの捜し求めていた父の、変わり果てた姿だった。アルチーナはオベルトに、その獣を殺すよう命令する。それをオベルトは残酷な女め!僕は知っている:Barbara!Io ben lo soと必死に拒み、絶望して去って行く。
戦いを終えたルッジェーロは、アルチーナの宮殿に赴き、彼女の魔法の源である壷を壊そうとするが、アルチーナに阻まれる。今度はブラダマンテが壊そうとするが、モルガナに阻まれる。2人の隙をついてルッジェーロが壷を壊すと、アルチーナとモルガナは消え去り、宮殿も消えてなくなり、アルチーナの魔法で獣に変えられていた者たちも、元の姿を取り戻す。皆で歓喜の合唱を歌って、幕。