「どうしても…分かり合えないんだね。」 「……………。」 「来い!」  言って、ボクはボールの開閉ボタンを押し下げた。同時にポケモンが飛び出す。  同時に相手の袖の中からボールが滑り落ちるのを見た。――来る。  素早く右腕を構える。そこには先ほど出したテッポウオがへばり付いている。  よっぽどの事がない限り、テッポウオ自身はボクの腕の直線上真っ直ぐにしか攻撃しない。照準を合わせる時間は短縮できる。  続けざまに三発。水鉄砲を撃ち出す。  しかし。  パパパァン!  水の塊はことごとく空中分解。傍目には、緋穏が手を閃かしたことで、砕けたと見えるかも知れない。でも、ボクはその理由を知っている。 「喰らえ!オクタン砲!」  叫ぶ。テッポウオが黒い塊を撃ち出す。それに乗じて相手も駆けだしてくる。 「その攻撃はきかねェ!!」  そう言って、黒い和服を着流した男は叫び返した。手を、縦に閃かせ、一閃。再び空中で脆くも崩れ去り――。  弾けて黒い空気が拡散した。 「黒い霧か!」  言って、緋穏は舌打ちする。その間に構え、撃つ。  再び三発水鉄砲。狙いは外していない。水が弾ける音が響く。コレは、人に当たって砕けた音だ。 「銀色の風。」 「破壊光線!」  緋穏がテッカニンに命じる。ボクがテッポウオに指示を出す。  黒いモヤはあっと言う間にその姿を消してゆく。  しかし。  ボクの腕を直進させた方向に、光線が飛ぶ。細く、そして速く。 「うっるァァァアアア!」  避けられないと判断したらしい。テッカニンがメタルクローで光線にぶち当たる。  真っ向からの体当たり。  ここは根比べか。  ジリジリとではあるが、こちらが押している。向こうはまともに攻撃を受けている分持久力はない。  でも、ボクの方もあまり無傷とは言えない。破壊光線の支えになる反動でさっきから右腕が震えて、とても押さえがたい。  長く、そして本当に短い十秒間が過ぎていく。  先に負けたのは――同時だった。  ボクの腕が絶えられなくなって、破壊光線の軌道が大きくずれた。その反動で思い切り背中から地面に叩きつけられることになる。  一方のテッカニンも相当量のダメージで破壊光線のあった軌道から大きく身をひき、当たらない位置へと移動しているらしかった。  ジリジリと体中が痛む。でも、このまま寝ているわけにはいかない。  体勢を立て直すのは、緋穏の方が数倍速かった。 「へ、コレで往生しろやァ!」  叫び、緋穏が飛びかかって来る。その動きが、やたらゆっくりに見えて、また動かないからだが非常に狂おしくもどかしい。  やられるか。  緋穏が上段に大きく振りかぶる。  いや。  絶対に。  負けるわけにはいかないんだ! 「テッポウオ、アレだ!」  刹那、テッポウオが体の向きを反転させた。同時に強烈な水泡を撃ち出す。 「だァァァあああ!!」  その反動で体が浮き上がる。そのまま、全体重を回転する向きへと傾ける。 「ンなっ!?」  緋穏の悲鳴が聞こえる。構わず。 「うがはッ」  かなり決まった。もろに入った。テッポウオの援護で猛烈に加速した腕によるアッパーカットだ。  しかし、このままだと結局起きあがれずに再び倒れることに――。  ガン! 「ぐァ…。」  何か、鈍い衝撃が頭を駆けめぐる。そこでは千鳥足のまま、テッカニンを振り下ろした緋穏の姿があり――。  反動に痺れたままの左腕を、ここで強引に地面へと突き出す。  勝利を確信した油断と慢心は敗北を呼ぶ。  霞む意識で、何とか緋穏と距離を取るよう体を突き飛ばす。  その反動で、立ち上がる。ここに来て、身体の痺れはとれてきた…が、変わりに強烈な痛みも知覚できるようになってしまっている。  と、ここで、何故か拍手がわき起こった。  ハッと我に返る。気付いたら、ギャラリーに囲まれていたらしい。  もとよりこの場から逃げるつもりなんかなかったけど。コレで逃げ場はなくなった。 「サイケ光線!」  ボクが叫び、テッポウオが実行する。  それを、緋穏はバックステップを踏んで避ける。  何度か後ろへと飛び、最後に大きく飛んでバク宙を――。 「ギャ!」  撃ち抜いた。  寒々しく地面へと墜落していくは哀れなる鳥かな。  まぁ、アレは狙ってくれと言ってるようなものなのだし、恨まれる道理もない。  ムクリと起き上がる。しぶといな。 「てンめェェェ!狙って良い時と悪い時があるだろ!」 「いや、聞こえない。」 「聞こえてるじゃネーか!!」  そこで緋穏は大きく溜息をつき、 「あ〜マジで、あったま来た。二度と立てない身体にしてやるァ!!」  言って飛び出す。 「じゃあ、キミの中にいる悪い虫を追い出してあげるよ。」  ボクも、駆け出す。  この状況では、ランニングシューズを履いている緋穏の方が圧倒的に有利だ。速い速い。 「火炎放射。」 「シャドーボール!!」  走りながら構えるのは難しい。だから、こういう場合に限っては、照準はテッポウオに任せる。  同時に向こうでは走りながら、腕を振り回すという器用なことをやっている。斜め上から振り下ろすのに連れて一発。計二発黒球が生まれ、飛び出す。  その二発が火炎放射に振れると同時弾ける。それでも火炎は消えない。  突然ビタリと緋穏がその場に止まる。  そして、居合いの構えをとる。  次の瞬間、緋穏の目の色が変わった。  ヒュン。  空を掻き斬るような、しなやかで細い音。  同時に、火炎が散華した。  ただ、欲しかったのはこの間だ。  サッ懐に手をやり、モデルガンのマガジンを取り出す。そして、それを傾ける。  そして、身体を緋穏に対し、縦に構える。そして右腕だけを突き出し、宣言する。 「ロックブラスト!」  待ってましたと言わんばかりにテッポウオが、BB弾を撃ちまくる。  マシンガンさながら弾幕だ。 「いで、いでででで、ヤメ、地味に痛!」  なんて悲鳴をあげてるような気もしないでもないけど、却下。  しかし、突然悲鳴が止んだ。  よく目を凝らせば、緋穏の姿が透けて見える。 「!?影分身!?」  ボクが咄嗟に叫ぶと同時に、ボクの顔に影が落ちる。 「だァァァ!」  緋穏が降ってきた。 「守る!」  咄嗟に叫び返す。と、右腕から大きく重心がずれた。すんでの所で直撃を免れる。  そして、再び距離を取る。  持久戦に持ち込めば、ボクの絶対的優位性を得ることが出来るはずだ。緋穏は、爆発力と引き替えに、体力がない。  すると突然緋穏は空に手を翳した。降伏のつもりか? 「…待ってたぜ、この、時をよォ…。」  緋穏に、持久戦を喜ばせる要素はなんだ…?  そう考え、すぐにハッとなる。急いで空を見上げる。  空にあるは、燦然と輝く灼熱の太陽。  まずいかも知れない。 「サテライト!」  言った瞬間、緋穏の身体の周りをチカチカと何かが旋回し始める。  ソーラーパワーを溜めたテッカニンだ。あふれ出す光だけが、ボクの知覚できるものとして見えてると言うことだ。  つい先日、緋穏の方が加速されたテッカニンの動きについて行っていないことから、この戦術を提案したのはこのボクだ。  でも、まさかこうやって使われることになるなんて…。  恐らく戦った時間から考えれば、今のテッカニンは最高速度だ。  さらにまずいことに、緋穏が待っていたのはソーラーパワーの充填と見てまず間違いない。  ボクのテッポウオの属性「水」に対してコレでは、圧倒的に不利になる。  ニヤリと不敵に緋穏が笑う。瞬間緋穏が霞む。  二度も同じ手が喰うか。 「頼む。」  静かに、呟く。  それに、ホンの一瞬遅れる形で、無数の緋穏がボクを囲うように現れた。  そして、精神を研ぎ澄ませ、ひたすらに集中する。  ピッ!  何か聞こえた。  反射神経の、全てを剥き出しにして、かわす。  細いソーラービーム。ボクのテッポウオと同じ、威力重視の凝縮されたモノだ。  テッカニンの能力を考えると、コレはほとんど全方位から攻撃されると見て間違いない。  このままでは、いたぶられて負けてしまう。  ただ、一つだけ、一つだけ相手に誤算を与えられれば、そこから突き崩せる可能性はある。  それを、ただただ待つ他ない。  光線が縦横に駆けていく。その流れ弾がアスファルトを浅く刻んで焦がしていく。焦げる臭いがが鼻腔をくすぐる。  違うンだ。 「雪奈ァ、もう諦めろぃ。これで終わりにしてやるからよ。お前の負けだ。」  そうだ。ボクは負けられない!絶対に!!  勝ち誇ったように、緋穏が言った。  声のする位置もわからない。テッカニンの動きで空気が攪乱されてるせいか。 「喰らえ。」  瞬間、視界に光が侵入してくる。御陰で、居場所がわかった。  吸盤で張り付いたテッポウオを腕から引きはがす。  そして、横へ飛ぶ。同時に、テッポウオを光の飛来する方向へと投げ込む。 「捨て身タックル!」  言うが早いか。  火炎を放射する。そして、その勢いでテッポウオが加速する。  コレが最後の――。 「う、うわァァァああああ――…!!」  やがて、緋穏の断末魔の叫びも途絶え、静寂が辺りに落ちた。 「ゴメン…それでも、それでもボクは――!」 「あぁ、ほら見ろ。しろっぷ残しやがった。」  見てみると、先ほどまでブラッキーが口を付けていたはずの皿には、いくらか食べ残しがある。 「うわ、なんだよお前。クソ〜、コレだからヤなんだよ…。」 「知らないよ。キミの育て方が悪かったんだろ。」  フォークを以て、ゴマドレッシングのかかったサラダを突き刺す。  そして、口へと運ぶ。  何気なく視線を落としてみると、かなり恨めしそうな視線を緋穏に送っているブラッキーの姿が見えた。  ポケモン同伴の出来るレストランは数多い。ここもそのうちの一つだ。  ミナモシティには何度か足を運ぶことがあって、あらかたの店は入ったことがある。  それで、特に美味しかった見せにこうして再び足を運ぶのだ。  でも、ボクと緋穏の味の好みは別に一致していない。もっと言えば、ポケモン達の好みはかなりの多岐に渡っている。  そう言うわけで、ボクと緋穏とは、レストランを決めるに当たって、どちらが正しいか決着を付けなければならなかった。どちらが決めたわけでもない、暗黙の了解。世界は弱肉強食というわけである。  負けた緋穏は、ポケモンの好みにそぐわない料理を食べさせられ、不満の眼差しを一心に送り続けている。  でも、残念ながらあの図太さでは、気付いてもらえるので精一杯だったらしいけど。 「あ〜、クソ。あそこで手が滑らなかったら勝ててたんだ。」 「………………。」 「ンだよ?」  別に。 「なんか言えよ。」 「………………。」 「だァァァアア!!ドイツもコイツもォ!!そんな目でオレを見るなぁぁぁあああ――…」  ガタッと頭を抱えて立ち上がる。しかも何故かフォークをくわえっぱなしで。  突然の緋穏のトチ狂った行動に再び視線が集まる。  さらに悪いことに緋穏が立ち上がった拍子に、ドミノ倒しよろしく後ろに座っていた人の椅子に衝突したらしく、そこに座っていた人が料理に顔を突っ込む音が聞こえた。さらに、ドグシャッ、とかなりイヤな音がする。そのままテーブルがひっくり返ったようだ。  騒ぎは止まることを知らず、ヤクザ面をしたオッサンがこっちに向かって歩いてきたり、店内をボーイがかけずり回り始めたり…。  ――頭痛…。  ボクは頭を抱えた。